MENU

気がつけば40年以上!なぜ音楽を続けてこれたのか?

若い頃は、いつまでバンドをやるのか?続けるのか?

そんなこと考えてなかった。

結婚して子供できて、バンドなんてやる時間がなくなって、自然とやめていくんだろうな。

漠然とそう思ってた。

プロになるってことは、頭の中にないことはなく夢はあった。

けど、その厳しさや、華やかさの裏にある現実はある程度わかってたから、プロになろうという本気では思わなかった。

その頃は目の前のライブや練習で精一杯だったし、40年以上も続くなんて考えたこともなかった。

でも気づけば、本当に40年以上音楽を続けている

目次

音楽を演るきっかけは?

きっかけは、たぶん世の中で、当時は、これが多いんじゃなかろうかと思われるものです。

中学1年の時、文化祭で先輩が、ギターを弾いてカッコよく歌も歌い、女子からキャーキャー騒がれてた。

それを見て

「ギター弾けたらモテるのか」

と思ったが、まず外見に自信がなかった。

そのため『モテる』キーワードは自分のメモリーからは削除されていた。

しかし、ギターは弾けるようになりたいと思う中学1年生がそこにいた。

そこから、ギター初心者あるあるの『Fコード』に躓くも、何とか一曲弾けるようになった時の喜びは今も覚えている。

きっかけこそ不純だが・・・

ピアノを習っていたわけでも、吹奏楽部に入っていた訳でもない。

つまり、音楽の基礎部分がない私は、少ない小遣いで教則本を買って、教則本が先生で練習していた。

ギターは、幸いにも親戚の家に使ってないものがあって、父親がもらってきてくれた。

最初、自分のギターを手にしたときは凄い嬉しかった。

後に、お年玉や小遣いを貯めて、少し親にも補助してもらったが、新しいギターを手に入れた。

これまた、さらに嬉しかった。

そこからどんどんのめり込んでいったのです。

そして、なんと先輩と同じく、文化祭のステージに立ったのです。

人生最大の緊張というものを味わったけど、それでモテたかどうかは、想像にお任せします。

楽器が変わっていく

高校に入って、同じギターをする友達を見つけ、いろんな人のコピーをして歌っていた。

すると、だんだんと女子が集まってくるようになり、ミニライヴのようなことするようになった。

これをモテたというのかは不明だが、楽しかった。

そんなある日、一本の電話が・・・。

4つ上の従兄弟からだったのだが、

「ギターやってるんだろ?俺たちがやってるバンドでギターやらないか」

という誘いだった。

しかーし、

そのバンドは、ロックバンドで、エレキギターなのである。

「エレキ持ってないよ」

「エレキはある。明日練習するから来い」

と強制的に連れていかれた。

でも、やってみると楽しかった。

ヴォーカル
ギター(私を含め2人)
ベース
キーボード
ドラム

という構成で、『バンド』というものを初めて味わった。

実は、そこでその後の音楽人生を大きく変える『ドラム』というものに出会うのです。

ドラムとの出会い

バンドの練習に行けば、当然そこにはドラムがあり、興味本位で時々叩かせてもらった。

その時密かに思ってた。

「ギターより、ドラムの方が楽しいかも」

そんな思いが伝わっていたのか、後にそのバンドが解散し、別なバンドをするという時に、

「ドラムで参加しないか?」

と言われ、

「えっえぇ~~~」

となったのを覚えている。

しかも、そのやろうとしているバンドは『フュージョン系』のバンドなのである。

フュージョンと言えば、当時ブームとも言えた、『カシオペア』とか『THE SQUARE』に代表されるテクニカルなイメージが強く、

「俺には無理じゃない?」

と思っていた。

ところが『カシオペア』の『Eyes of the Mind』というアルバムの中の『ASAYAKE』を聞いたときのこと。

初めて聴いた時は衝撃だった。

歌がない。

なのに景色が見える。

朝焼けの空気や光景が頭の中に広がった。

「音楽ってこんな表現ができるのか」

と思った。

「カッコいい、こんな音楽やりた~~~~~~~い。」

と衝撃を受け、そこからドラム人生がスタートしていったのです。

社会人になっても続けた

そこから、今度はドラムの練習が始まった。

ドラムの教則本も買い、練習の日々。

今なら、ネット上に情報も溢れ、しかも動画で、解説されたものがたくさんある。

当時はネットなんてまだ普及し始めたばかりで、パソコンも持っていなかったし、そもそもそういった情報はなかった。

頼りは、楽器店や本屋にある教則本だけだった。

とりあえずは、教則本に書いてあることを練習してみて、バンド練習のときそれを演ってみるの繰り返し。

レコードやCD(CDが普及し一般化し始めたころ)を聴いて、どうやって叩いているのかやってみる。

ドラマーデビュー

そんなに難しいことはできなかったけど、いくつか曲として成り立ってきだしたころ『ライヴ』というキーワードが出るようになる。

初ライヴは、知人の企画で田舎の小さなホールを借りてのライヴだったのだけど、田舎だったため、こういうライヴは珍しかったのか、すごい人で会場がいっぱいになった。

これにはびっくりだった。

そこからは、仕事が終わってからスタジオへ行く。

休日は時々ライブ。

そんな日々がしばらく続いた。

しかし、メンバーの都合でそのバンドは解散をしてしまう。

その後、バンド解散の噂を聞きつけた友人が、

ドラムを探してる

と。

そこで参加したのが、今のバンドで40年以上続いてる。

もちろん忙しい時期もあった。

バレーも復活してたので練習や試合にも行ってた(👉バレーのことはこちらのブログで)。

しばらくしてスキーも始めた(👉スキーのことはこちらのブログで)。

結婚もして、子供が生まれた頃は、自分の時間なんてほとんどなかった。

仕事もあったし、家のこともあった。

それでもどれも完全にはやめなかった。

今はドラムだけじゃない

私の音楽の原点であるアコースティックギターを持って歌うこともしている。

今では3人編成のバンドでアコースティックライブもする

昔とは楽しみ方が少し変わった。


若い頃は、上手くなりたい

カッコいいフレーズを演奏をしたい

そんな気持ちが強かった。

いわゆるテクニック志向というやつ。

もちろん今も上手く演奏できたら嬉しい。

でも、それだけではない。


仲間と音を出す時間。

ライブ前の緊張感

お客さんが楽しそうにしていると、こっちも楽しくなる。

演奏が終わった後の達成感

ライヴ終わった後の打ち上げで飲むのも、もちろん楽しい。

そういうものが好きなのだと思う。


音楽を続けてきて思う。

趣味は『好き』だけでは続かない。

好きでやるから趣味なのだが・・・どっちだ??😅

忙しい日もあるが、何よりも今のバンドメンバーという仲間に出会えたことが非常に大きい。

それでも続けているうちに、気づけば長い時間が経っている。

別に40年以上続けたから何か偉いわけでもなんでもない。

なぜこんなに続けられたのかというと、単純に音楽を奏でるということが好きというのがあるのは確か。

ひとつ言えることがある。

人生には、結果とは別の価値がある。

素敵な仲間と出会え、続けてきた時間そのものが、自分の財産なのである。

最後に

自分が、まさか主夫になって料理を作りDIYで掘りごたつやウッドデッキを作る

そして今もバンドを続けているなんて想像していなかったと思う。

でも振り返ると、どれも自分の人生の一部だった。

これからどれくらい続くかは分からない。

でもたぶん、体が動くうちは音楽を続けている気がする。

上手い下手ではなく、素敵な仲間と、ただ音を楽しみながら。

中学1年の文化祭で見た先輩のギター。

それは、小さなきっかけだったかもしれないが、40年以上経った今も続いているという大きな事実なのです。

人生って、本当に分からないものだと思う。

このブログは、自分の人生の事実をもとに書いています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次