「30歳年下の彼女がいる」
こう話すと、たいていの人は驚きます。
実際、彼女と知り合ったとき、私は59歳。彼女はまだ29歳でした。
現在は64歳。付き合い始めてから、もう約6年になります。
自分でも「こんなおじさんのどこがいいんだ?」と思うことがあります。
でも、約6年間一緒に過ごしてきた今、改めて考えてみると、私たちは普段それほど「30歳差」を意識していません。
もちろん世代が違うので、知らないことや経験してきた時代背景の違いはあります。
それでも、一緒にいることが自然で、くだらないことで笑い、一緒に出かけ、美味しいものを食べ、家では一緒に食事を作り(ほとんど私が作ります)食べる。
そんな日常が続いています。
では、30歳という年齢差を埋めているものは何なのでしょうか。
今回は、私自身が約6年間付き合ってきて感じていることを書いてみたいと思います。
59歳の私と29歳の彼女が出会った日
私たちが出会ったのは、2020年12月12日でした。
その日、私はバンドメンバーとの忘年会をしようと思い、ある小さなカフェのマスターに相談していました。
そのカフェでは小さなライブが行われたり、マスターが初心者向けのギター教室を開いたりしていました。
するとマスターから、
「どうせ飲むなら、ギターもあるし何か演ってよ。教室の生徒さんで聞きたいって人がいるだろうから呼ぶよ」
と言われました。
私たちは特に練習していたわけでもありません。
そのころはアコースティック音楽ではなく、フュージョン系の音楽を演っていました。でもこれがきっかけのひとつでアコースティック音楽を後に演ることに・・・。
そんな状況で、ほとんど即興のような形でライブをすることになりました。
そして、そこにいたのが彼女です。
第一印象は、
「よく笑う明るい人だな」
というのは思っていました。
若いんだろうなとも・・・。
あとで29歳だと知りました(本当に若かった)。
まさか、その女性と6年近く付き合うことになるとは、このときは思ってもいませんでした。
最初から恋人を探していたわけではない
当時の私は、彼女と付き合おうなどとは考えていませんでした。
「こんなおじさんを相手にするわけがない」
と思っていたからです。
ただ、私が演奏し歌っているのを彼女が熱心に聞いていたので、
「どこかでライブを見に来てくれたらいいな」
くらいには思っていました。
その後、LINEでいろいろな他愛のない話をするようになりました。
それが少しずつ近づいていき、気がつけばお互いを意識するようになっていました。
「ここから付き合い始めた」という明確な日があるわけではありません。
ただ、出会って1か月もしないうちに、かなり急速に関係が近づいていったと思います。
30歳差なのに、普段の会話ではほとんど年齢差を感じない
「30歳も違えば、話が合わないんじゃないの?」
と思われるかもしれません。実際、周りには話が合わないでしょ?と言われます。
ところが、普段の会話ではそれほど年齢差を感じません。
もちろん、世代の違いを感じることはあります。
特にテレビなどで昔のヒット曲が流れたときには、
「これは○○(彼女の名前)が生まれる前の曲だな」
ということもあります。
私が昔の話をすると、
「へ~」
「すごい」
という反応が返ってくることもあります。
彼女が生まれる前の時代を、私は実際に生きてきたわけですから、そこには当然違いがあります。
でも、その違いが面白いこともあります。
昭和の出来事などをテレビで取り上げていると、
「俺のころはこうだった」
と話すこともあります。
彼女にとっては、自分が経験していない時代の話です。
知らないことだからこそ、新鮮に感じることもあるようです。
一方で、彼女の世代の音楽も私はだいたい分かります。
彼女がファッションを含め、全体的に最新の流行を追いかけるタイプではないこともあって、時には私のほうが先に知っていることもあります。
でもやはり、世代差は確かにあります。
でも、それが二人の間に大きな壁になることはありません。
6年間続いているのは、お互いに無理をしていないから
私たちは、お互いに何かを我慢して関係を続けているという感覚がありません。
「相手に合わせなければ」
「自分が譲らなければ」
と考えながら付き合っていたら、どこかで疲れてしまうと思います。
だから、無理に譲ったり妥協したりすることはありません。
二人でできることは一緒に楽しみます。
一方で、お互いの趣味や好きなことについては、邪魔をしません。
二人で楽しむ時間も大切。
一人の時間も大切。
そんな距離感です。
そして、二人でいるとくだらないことでよく笑います。
むしろ、約6年間を振り返ってみても、
「くだらないことで笑っていることのほうが多いんじゃないか」
と思うくらいです。
これも、私たちが自然体でいられる理由の一つだと思っています。
「俺のどこがいいんだ?」と思うこともある
正直、自分ではそんなに大した人間だとは思っていません(もちろん外見も)。
ところが彼女からすると、私には今までの彼氏にはなかったところ、足りなかったところが全部あると言います。
「料理が上手」
「物事をきちんとしている」
「包容力がある」
「温厚だけど、怒ると怖い」
など。
でも、本人としては、
「料理なんて適当に作っているだけなんだけどな」
と思っています。
物事をきちんとしていると言われても、自分ではむしろいい加減だと思っている部分もあります。
車も、彼女からは「いつもピカピカにしていてすごい」と言われます。
確かに車はだいたいきれいにしています。
でも、デートの前に汚れた車で行くのは嫌なので、洗車してから出かけていただけです。
自分にとっては普通にやっていたことが、彼女から見ると魅力だったのかもしれません。
そういうこともあるのだと思います。
一緒に出かけるのも、家で過ごすのも楽しい

二人で出かけるときは、車でのドライブが中心です。
アルファードなので、長距離でも比較的快適に移動できます。
一つの目的を持って出かけて、美味しいものを食べたり、きれいな景色を見たりする。
そういう時間が楽しい。
広島、長野、岐阜などにも一緒に行きました。
長野や岐阜にはスキーにも行きました。
特に印象に残っているのが八方尾根です。
彼女のスキーレベルを考えると、本来ならかなりきつい場所でした。
それでも、どうしても頂上からの景色を見せたくて連れて行きました。
すると、もともと雪景色が好きだったこともあるのでしょうが、頂上からの雪景色を見た彼女は大感動でした。
六甲の夜景を見たときも、とても喜んでいました。
こういうことを一緒にできることが、私は楽しいのだと思います。
家ではスポーツ中継を見ることもあります。
DVDで映画を見ることもあります。
彼女の家の近くには、私がお世話になっている楽器店が入ったショッピングモールがあるので、楽器店に行ったついでに二人でモールを見て回ることもあります。
特別なことをしなくても、一緒にいれば楽しい。
それも約6年間続いている理由なのかもしれません。
彼女は「恋人」であり「相棒」であり「理解者」
今、彼女が私にとってどんな存在なのか。
一言では表せません。
恋人であり、相棒であり、理解者でもあります。
そして、ある意味では空気のような存在です。
お互いに元気づけられ、勇気をもらい、助けられ、支えられて生きています。
「一緒にいることが大切だから、何があっても別れない」ということでもありません。
一緒にいることの大切さや楽しさが感じられなくなったら、私は別れると思います。
そんなこと微塵も感じませんが、だからこそ、今も一緒にいることが楽しいということが大事なのだと思います。
「この人で良かった」と思った出来事
約6年間の中で、特に「この人で良かった」と思った出来事があります。
3年ほど前、私は脳梗塞を発症しました。
幸い、発症した場所がよかったことや、病変が小さかったこと、治療がうまくいったことなどもあり、大きな後遺症は残りませんでした。
そのとき彼女は、本気で心配してくれました。
そして、泣いていました。
その後も私の身体のことを気遣ってくれるようになりました。
楽しいときだけ一緒にいるのではなく、何かあったときに心配してくれる。
そのとき、
「この人で良かった」
と思いました。
30歳年下だから付き合ったわけではない
私は最初から彼女の年齢を知っていました。
でも、
「30歳年下だから付き合いたい」
と思ったわけではありません。
もし30歳という年齢差がなかったとしても、彼女と出会っていたら付き合っていたと思います。
若いから好きになったのではなく、彼女だからそうなった。
私にとっては、それが一番近い答えです。
「若い彼女がいるから若作り」ではない
彼女と付き合うようになって、服装や髪型を若くしようと思ったことはありません。
私は昔から、流行を追いかけるタイプではありません。
自分の好みで服を選んでいます。
ただ、若作りをするつもりはないのですが、
「汚いおやじにはなりたくない」
という気持ちだけはあります。
これは彼女がいるからというより、自分自身の考えです。
体型についても、太りやすいので健康のことも考えて意識しています。
もともと運動を続けてきたので、体力もできるだけ維持したいと思っています。
彼女が若いから自分も若くならなければ、ということではありません。
年齢相応でいい。
でも、年齢を理由に諦めるようなことはしたくない。
そんな感じです。
60代で恋愛していても、「いい年して」とは思わない

私は現在64歳です。
でも、60代だから恋愛に対する考え方が変わったとは思っていません。
若いころと同じように、そのときに気に入った人が恋愛対象になります。
「もういい年だから恋愛なんて」
という意識もありません。
もちろん年齢による体力の衰えはあります。
でも、それと恋愛する気持ちは別の話です。
女性に対する興味や、誰かと楽しい時間を過ごしたいという気持ちまで、年齢を理由に諦める必要はないと思っています。
年齢差よりも、「一緒にいて自然かどうか」
30歳という数字だけを見ると、ものすごい年齢差に感じるでしょう。
実際、周囲の人に「30歳差」と話すと、必ず驚かれます。
スキー仲間などには超びっくりされました。
でも、本人たちはそれほど気にしていません。
最初から自然体でいられました。
今でもそうです。
お互いの趣味を尊重する。
無理に合わせない。
くだらないことで笑う。
一緒に出かける。
家で一緒に食事をする。
困ったときには支える。
結局、こういう日常の積み重ねが、30歳という数字をあまり意識させなくしているのだと思います。
出会いは、どこにあるかわからない
今回、自分のことを書いてみて、最後に一つ伝えたいことがあります。
シニア世代で独身の人の中には、
「出会いがない」
「出会うチャンスがない」
という人もいると思います。
でも、家にずっと籠もっていたら、確かに人との出会いは生まれにくいでしょう。
私自身、彼女と出会ったのも、恋人を探していた場所ではありません。
カフェで忘年会の相談をしていて、たまたま即興ライブをすることになった。
そこに彼女がいた。
それだけです。
最近も釣りをしていたとき、隣に一人で釣りに来ていた女性がいました。
「ここ、いいですか?」
そんな一言から会話が始まりました。
初めて来た場所だったそうで、いろいろ話しているうちに、
「よく釣れるのは楽しいけど、一人で来るのはちょっと億劫」
という話になりました。
その後、連絡先を交換し、私が釣りに行くときに一緒に行くこともあります。
私は彼女がいるので、もちろん恋愛対象として考えているわけではありません。
ただ、「こんなところにも新しい人との出会いがあるんだな」と感じました。
何がきっかけになるかなんて、分かりません。
趣味でもいい。
スポーツでもいい。
音楽でもいい。
何でもいいから、自分が楽しめる場所に出て、人と関わってみる。
今ならマッチングアプリという方法もあります。
もちろん危険なものには注意する必要がありますが、最初から「もう自分には出会いなんてない」と諦める必要もないと思います。
私の知り合いも、マッチングアプリで出会った人と結婚までいった人が3人います。
私が知っている限り、皆さん幸せに暮らしています。
マッチングアプリも目的によって(結婚目的なのか、そこまでいかなくても出会いを求めるのか)利用のしかたは様々ですが、その目的に合わせて利用するのはありだと思います。
シニア世代に向けて
以前、彼女に聞いたことがあります。
「俺がバンドしてたり、スキーのインストラクターしてたりするのが、気に入ってもらえた理由なの?」と。
その答えは、
「理由の一つとしてなくないけど、あまり関係ない」
「それより、大人な落ち着いた安心感がいい」と。
それ以上は細かく聞かなかったのですが、年月が積上げたものが若い人にはないものとして、何か刺さったのかなと。
付け加えて、
「私の周りにもおじさん好み多いし、世間一般的にもそういう人多いと思う」
SNSとかで見かける「50歳以上のおじさまが好みです」とか書かれている、いかにも怪しいのは別にして、世の中がそうなってきているというのも言えるのかもしれませんね。
現にここにその実例がいますから。
こんな私でも、出会いがあり交際にまで発展できているのだから、皆さんにも必ずチャンスはあります・・・いや、
どこにでも転がっています。それを拾うのはあなたです。
隠居にはまだ早い。人生はまだまだこれから
私は、彼女ができたから人生が変わったとは思っていません。
付き合う前と後で、自分自身が大きく変わったとも思っていません。
ただ、彼女がいることで、日々の生活に張り合いがあるのは確かです。
そして今、彼女は私にとって、
恋人であり、相棒であり、理解者だと思っています。
お互いに元気づけ、勇気をもらい、支え合える存在です。
30歳という年齢差があることは事実です。
でも、約6年間一緒に過ごしてきて思うのは、
年齢差を埋めているのは、年齢差を埋めようとする努力ではない
ということです。
一緒にいて楽しい。
自然体でいられる。
お互いを尊重できる。
くだらないことで笑える。
そして、何かあったときには支え合える。
そんなものの積み重ねなのだと思います。
だから私は、60代になった今でも「もう遅い」とは思っていません。
恋愛に限った話でもありません。
人生を楽しむことまで、年齢を理由に諦める必要はないと思っています。
隠居にはまだ早い。
人生はまだまだこれから。
私はこれからも、自分なりの『イケシニ』を心の中のどこかに置いて生きていきます。
※『イケシニ』=イケてるシニアと勝手に言ってます(笑)。
このブログは事実に基づいて書いています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

コメント